そして土地購入へ (交渉、諸費用について)

ショッキングな前回から、定期的に検索し不動産屋さんにも聞くけれど、ぱたりと新しい物件が出てこなくなった。
御影用水周辺エリアは物件が出るとすぐ売れていく。新しい物件が出たら教えてくれるよう不動産屋さんに頼んでいる人もいるそうだ。

そんな中、半年間売れ残っている物件が気になっていた。少し横長だけど、きれいな四角形で接道も悪くない。
動きがないのは、坪単価が高めでおまけに古家付きのせいだろう。

御影用水エコハウス古家

 
 

値引き交渉はアリか、ナシか

その別荘は、画家の老夫婦のものだった。
かつて夏になると家族で滞在し、アトリエとして使っていたのだという。

希望する不動産が、分譲地と違い、一つとして同じものがない場合、値引き交渉はアリか、ナシかは難しいところだ。
売主側にも思い出など愛着があったり、購入者を選ぶ権利はあるので、あまり気分を害することはしたくない。
 
だけど本当にそこに住みたくて、予算が限られているのなら、不動産会社を通じて聞いてみる価値はあると思う。
もし提示額が低くても、不動産会社経由なら失礼のない聞き方をしてくれる。

さて、土地は決まった。

 

諸費用はどんなものがあるか

不動産を購入する場合、土地の価格にあわせ、以下費用が発生する。

1. 土地代金 ここでは仮に2,000万円とします。

2. 収入印紙 契約書に貼付けする印紙。2018年3月31日まで軽減措置で1千万円を超え5千万円以下は1万円の印紙が必要。

3. 仲介手数料 不動産会社に支払う費用。 通常売買価格の3%+6万円+税なのでかなりの金額になる。土地が分譲地タイプなどで、売主から直接購入する場合は不要。

4. 登記費用 司法書士に支払う費用。長野でも東京でも2017年初めの相場で4万円程度、地役権設定等があると少し高めになる。

5. 立ち合い費用 司法書士が立合いする費用。司法書士事務所の考え方で不要の場合もある。

6. 所有権移転登録免許税 2019年3月31日まで軽減措置で1,000分の15を登記時に納める。司法書士にまとめて支払う。

7. 不動産取得税 不動産取得税は後日請求が来る。課税標準額(2017年時点、固定資産税評価額×1/2)の3%(これも2017年はじめ)
家を建てる場合は軽減できるので、忘れずに申告しよう。

8. 固定資産税 中古車を買うときに自動車税を月割りするように、不動産の場合も固定資産税を月割りまたは日割りで支払う。あらかじめ不動産屋からいくらか連絡があるので、お釣りの内容に準備しよう。

9. その他 司法書士に渡す住民票、印鑑証明や、自分の交通費。
 

はじめて土地を買うので、代金のほかにも結構大きな金額が必要になるのに驚いた覚えがある。
 

そして購入へ

決済は、東京都心の某ホテルラウンジだった。
各種契約書にたくさんの捺印をし、小切手をお渡しし、司法書士がそれを見届ける。

”むかしは毎年、夏の間過ごしたの。子供たちも軽井沢に行く前の日からよろこんで。絵をかいたり、食材を買ってきてみんなで料理したりして過ごしたわ。

もう建物が傷んでしまって、私も足が不自由になったから、車に乗せてもらって軽井沢に来ると、道路から庭越しに見て、ホテルに泊まるの。

定住?地元なのね、若い人に住んでもらえてうれしいわ”

と少し寂しそうに話してくれた。

こうして2017年2月、土地探しは終わった。

エリアを絞ってからの、土地の探しかた

さて、追分の御影用水周辺で土地を探し始めた。

御影用水周辺では、2016年9月当時、6箇所の売物件が有り、ひとつひとつ現地を見て回った。
軽井沢での土地探しは普通の市街地で分譲地を買うのと異なり、いろいろな点を考慮する必要がある。

晩秋の御影用水

 

用途地域

用途地域とは何でしょうか?土地を買う前は気にしたこともない人が多いでしょう。

用途地域(ようとちいき)とは、都市計画法の地域地区のひとつで、用途の混在を防ぐことを目的としている。住居、商業、工業など市街地の大枠としての土地利用を定めるもので、第一種低層住居専用地域など13種類がある。
Wikipedia contributors. “用途地域.” Wikipedia. Wikipedia, 18 Jan. 2018. Web. 18 Jan. 2018.

簡単に言うと、自治体がそのエリアはどのように使うか定めるもの。
軽井沢で家を建てるために土地を探すと、「第一種低層住居専用地域」か「第一種住居地域」のどちらかまたは「無指定地域」になるだろう。

一見どちらも住宅しか建てられないように聞こえるが、気をつけなくてはいけないのは、「第一種住居地域」というのは住宅だけのエリアではない。3000㎡までの店舗・事務所・ホテル・ガソリンスタンドなどが認められている。
住居地域だから家の周りに家しか建たないと油断していたら、軽井沢町独自の規制はあるが、結構な大きさの商業施設が作れてしまうのだ!

また軽井沢の第一種住居地域は、建ぺい率60%。
試しに下のように絵を書いてみたけれど、かなり圧迫感がある。

一般的な住宅地と同じで、木々を残した雰囲気にするにはもっと厳しくないと無理だろう。

 

建ぺい率比較

 

一方「低層住居専用地域」であっても家だけしか作れないというわけではなく、住居併用型の飲食店などは、建物の1/2以下で50㎡までの範囲で作れる。
散歩中に立ち寄りたいカフェや、近所の人が使う惣菜屋などは営業可能だ。

また軽井沢の第一種低層住居専用地域は建ぺい率20%。建物を立てても、充分緑が残る。

この用途地域 ー ゾーニングのゆるさが海外の美しい街並みと、日本を分けている最も大きな要因のひとつだと思う。田舎だと、景色が綺麗で住宅がポツポツある場所が準工業地域になっていて、ある日工場ができたりする。

実は各自治体の役所に行かなくても、どこがどんな用途地域かは、長野県統合型GIS「信州くらしのマップ」で確認できる。
※法令、規制 → 都市計画情報 と進んで左側で用途地域を選択。いろいろなレイヤを重ねられるけど、見にくいので絞るのがオススメ。

重いので、軽井沢の場合はこの地図をご参照下さい。丸の中に建ぺい率、容積率が書いてあるけれど、自然保護対策要項で別途規制がかかるので注意。

今回は、周りの将来的な景観のことも考え、「第一種低層住居専用地域」はマストとした。

 

接道状況

軽井沢の別荘地は、個人や法人所有の道路が多い。
分譲地と違って当然通行地役権なんて設定されておらず、公道扱いでも維持管理は住民だったりする道路もある。

また冬のことを考えると、自治体の除雪車が通るのは、自治体が管理する一定レベルの道路(公道)で、更に舗装路の必要がある。

自分たちが探している土地に通じている道が、公道なのか私道なのか、公道にしてもどういう性質のものか?どう調べるか。
町役場の窓口に行けば、管理しているかどうか分かるので、本気で絞り込んだあとなら、不動産会社に聞けばどういう道路かすぐ調べて回答してくれる。
もしそれができない不動産会社とは付き合わないほうが良い。

 

また別荘地によくあるのが旗竿地。長いアクセス道路は、除雪が大変なのと、建築時水道を引き込む費用が多めにかかる。
その半面、より自然に囲まれる感は強いと思う。また道路から離れているので、子供を遊ばせるのも安心。別荘地の中でも、信号がないからかすごいスピードを出して通る車は多い。

僕の場合は仕事柄災害時に出かける必要が考えられるので、舗装された公道に接道している事が望ましいと考えた。

接道状況

 

ハザードマップ

軽井沢に限ったことでなく、土地を探す際は災害に強い土地かどうかが重要。
不動産屋では積極的に教えてくれないけれど、例えば河川に近く低い場所は水害の危険性があったり、というもので、各自治体が災害時にどうなるか想定し、公開している。

軽井沢特有といえば、浅間山関連と、急傾斜地が多いので土砂災害警戒区域が結構多い点になる。

Webで見にくい場合は町役場に行けば、配布用のものが置いてある。どちらも追分の僕らが探しているエリアでは関係なかったので一安心。

 

土地の大きさ

軽井沢は条例で第一種低層住居専用地域は300坪以下の分筆は禁止されている。

これ自体は素晴らしいことだが、御影用水徒歩エリアは人気が高いからか、周辺より坪単価が150%ほど高めだった。

そのため土地の大きさもあって、別荘をつくるために土地を購入する富裕層には問題なくても、僕にとっては田舎に家を建てるイメージの土地代からとは大きく乖離してしまう。

大きな土地が無理なく買えれば問題ないが、予算配分で、よい建物が建たなくなってしまっては意味がないと考えた。

土地の大きさ

 

僕が建てる家は大きくてもガレージ込みせいぜい40坪程度、建ぺい率からは20%の場合200坪あれば問題ない。
昭和43年の条例施行前に分筆されていた土地については300坪以下のものも存在し、そうした200坪弱の土地なら、一般的な大きさのものより800−1000万円近く安価になる。

もちろん敷地は広くて困ることはそれほどないので、資金があれば大きい土地がいいけど、予算配分で建物の素材やスペックを下げることになったり、今後の生活において、住を充実させたばかりに衣食、趣味や余暇を楽しむ余裕が無くなるのであれば、適切なサイズの土地を選ぶのもいいのではないか、と自分を納得させた。
ホントはちょっと悔しいけれど。

実際のところ僕の場合、土地探しを始めた時点では全く建物のイメージがなかったので、少し狭くても手元の貯金で購入でき、のちのちの設計建築にも影響のない範囲を上限とした。

 

古家付きについて

僕が探していた頃、見た土地の半分は古い別荘が残されていた。

一般的な解体費用の目安は3-5万円/坪必要になる。保守的に見積もると土地の費用に加え200万円の解体費用が必要になる計算だ。

ただし、古家の無い土地とそこまでの価格差がつくかといえばそうではない。分譲地ならともかく、軽井沢の別荘地で雑木林っぽいところを買うと、
 ・樹木伐採費用(30-50万円)
 ・水道引込費用(10-100万円)

といった費用が必要になることが多い。
建物解体時には重機が入るので、解体と同時に伐採することで、この費用をを大幅に減らすことが可能となる。

また、古い家があれば井戸水でない限り水道が引き込まれているので、権利負担金(13mm,20mm)や工事費が不要になる。
水道引込費用の幅が大きいのは、軽井沢の場合距離が長い場所が多いのと、取り出しが舗装されている場合は舗装復旧も必要になるので、個別見積しないと何とも言えないからだ。

軽井沢に限った話ではないけれど、いいなと思う場所ほど昔から人が住んでいたりする。
また見た物件の中には、壊すのがもったいなくリフォームすれば住めるなと思わせる建物もあった。

 

そこで壊すことになっても、水道と樹木伐採を考えれば解体費用とそれほど差がないので、古家付きでもOKとした。

軽井沢町の、どの地域に暮らすか

さて、軽井沢町の中でどこに住もうか。

 

週末お店でご飯を食べたあと、周辺を散歩したり、ホテルに泊まって在住気分を味わいながらエリアの絞込を始めた。

 
軽井沢は広い

軽井沢町は、実は広い街。軽井沢町には「軽井沢」「中軽井沢」「信濃追分」と駅が3つある。

軽井沢駅周辺(旧軽井沢、新軽井沢)には由緒正しく美しい別荘地が存在する。

ただ、どこでも峠の近くはそうなのだが、湿気が多め。(それが美しい苔をつくっているのだが)
またアウトレットがあるエリア周辺は、GW、夏季休暇期間は渋滞がひどいイメージがある。

 

定住にはどうだろうか。昔から地元の定住者が多いのは中軽井沢である。スーパーツルヤや銀行、役場、病院などの機能も集中しており生活しやすいと聞く。ただしやはり夏季の渋滞は避けることができない。

 

渋滞が比較的少なく、天候にも恵まれているのは軽井沢町の西側、佐久に隣接する信濃追分周辺。
佐久地方は晴天率の高さで知られており、積雪、湿気も多くなく気候が安定していて住みやすい。*1

定住を考えても御代田や佐久方面のスーパーに出やすいし、土地の価格もまだ割安である。

 

御影用水との出会い
ある日のこと、家族で軽井沢で朝食が一番美味しい店と言われる、追分の「キャボットコーヴ」に行った。
その時は店の外に待っている人が見えたので、お店に寄らずに、ほかのお店に行こうかと近くを回り道したところ、そこに流れる御影用水と出会った。

9月末の御影用水

 
正式名称「千ヶ滝湯川用水温水路」、千ヶ滝から小諸市まで流れる御影用水延長約21kmの中で、水温を上げ収穫量を増やす目的から、この場所で幅を広くしている。

最近ではこの1km程度続く温水路が「御影用水」と呼ばれており、ふるさと信州風景100選に、軽井沢町で唯一選ばれている

幅広な水辺の両脇に木々が紅葉しはじめ、別荘が点在している。
別荘と水辺の間には遊歩道が緩衝地帯となっており、ペットを連れた親子やカップルが散歩をして休日を過ごしていた。

ずば抜けてきれいな浅間山が見えるとか、名勝とかではないけれど、僕らの心を強く惹くものがあった。
初めてなのに、なんだか懐かしさと安心感を覚える不思議な景色。

観光地で売られているポストカードのようなわかりやすい風景ではない。けれどもその佇まいと、そして挨拶を交わし行き交う人々には日常生活の穏やかな楽しみが見てとれた。

 
ここに住みたい。Uターンして1ヶ月程度、早くもエリアは決まった。

*1 追分の魅力について語りたいことは、すでに全て#軽井沢から通勤するIT系会社員のブログに書いてあったのでご参照ください。

軽井沢との出会い(再発見)

醜い景観を感じる眼

17歳まで佐久で生まれ育った僕は、当然軽井沢が避暑地であることは知っていた。

ただ、そのころは夏休みに国道18号がとてつもなく渋滞するから近づかないとか、ふらっと入るとコーヒーで1杯1000円とる店があるとか、高校の同級生が住む軽井沢の家は洗濯物が湿気が多くて全然乾かないらしいといった程度の認識だった。

18年後Uターンで佐久に戻り、週末に家族で出かけるようになってから、別荘地に美しい町並みが存在することに気がついた。
なぜ昔は気が付かなかったものに気がつくようになったのか。

実家を出て19歳のときに、遅めデビューで海外に行き、その後幾度となく旅行、出張で美しい街並みに触れたからなのかもしれない。

 
ニューカレドニア(ヌメア)

 

むかし瀬戸正人先生に写真を教わっていた頃、よく言われたのは「いい写真を見て、これはいい写真だとわかるには、写真を見る目を育てる必要がある」ということだった。

先生の言葉を借りれば、人間の感性は訓練する必要がある、洋服などは毎日考えるけど、普段考えないものは意識しないとセンスが育たないのだと言っていた。

美しくないものを見慣れてしまって気が付かなかったけれど、街並みにも同じことが言えるのではないか。

 

規制の厳しい軽井沢町

軽井沢の別荘地に美しさを感じてから、なぜ実家周辺とは地理的に近くにありながら、そのような違いが出るのかを調べてみた。

軽井沢は昔から美しさを大切にしており、看板は景観条例で高さ、大きさ、色が規制されている。

リンク先の通り、郊外のロードサイドによくある奇抜なものは出せない。別荘地によくある案内板だって、

別荘を所有されている皆さんや、町に住んでいる皆さんが自分の家を他の人に案内するために設置する看板は、「幅が12cm、上の辺が45cm、下の辺が50cmの矢じるし形の板」へ「焦げ茶色の地に白文字」で書いたものを使ってください。
なお、この規定に沿った案内板を町環境課の窓口で配布していますので、ご自身でお名前などを書き入れてご利用ください。

自然と統一感が生まれるわけではなく、やるべきことをやっているのだ。
 

建物についていえば、別荘地は条例で1区画300坪以下に分筆はできない。道路後退5m、隣地後退3mと定められている。

軒を最低50cm出した建物で、屋根勾配や外壁の色も規制の対象となる。

個人的にはもっと厳しくてもいいと思うけれど、こうして日本にしては厳しいレベルの規制がされているので、美しい街並みが保たれていることがわかった。
 

軽井沢に住む

今はそうでもない*1 けれど、そのうち街並みが土地の価値を左右するようになるだろう。

統一感のない街並みをつくる建物群や廃屋、せっかくの浅間山がある景観に飛び込んでくる、けばけばしい看板類にうんざりしていた僕は、軽井沢町に住むことに決めた。

*1 2016年末頃の軽井沢町追分の坪単価は、佐久市内の主な宅地の半額以下だった。
 

↑その後土地探し中に「ニッポン景観論」を読んだら、感じていたこと、言いたいことが全て書かれていて驚きました。
土地探し前に一度読まれることをおすすめします。

土地探し前夜 生まれ育った場所に感じ考えたこと

僕の育った実家は、庭先には田んぼが広がり、少し歩けば道路わきには蛍の住む川が流れていた。

幼いころの僕は、田園風景に囲まれた中を、春にはあぜ道でヨモギを摘み、家でそれを祖母と母が草餅にする。
秋には金色に穂を垂れた稲にいるイナゴを捕まえては、それを祖母と母が佃煮にする。

今思えば穏やかで心地よい田舎の幼少期であった。
 


水田 © 菊池市 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

 

世の中がバブル景気を謳歌していた小学校高学年のころ、実家周辺に新しい国道が開通し、その両側にはチェーン店が立ち並び始めた。

全国均一な郊外の風景、強烈に覚えているのはパチンコ店の看板である。それは極めて大光量で、その方角の夜空の色をこれまでの青黒い色から赤紫に変えていた。

 

僕の出身地 - 佐久市と合併する前の臼田町 は宇宙観測施設を有し、「星の街うすだ」を標榜していた。

バブル期の田舎町の例に漏れず、各所に謎の造形をしたモニュメントを設置したり、「星のふるさと」なんて歌を作ったりにお金を使っていたけど、いちばん大切な星の見える環境を守るためには、何をしていただろうか。

 
 

20数年後、実家を離れ東京で暮らしていた時のこと。ハワイ島に当時勤めていた会社の保養所があり、両親と妻、子供を連れ6人で旅をした。

空いっぱいに広がる星を見にマウナ・ケアへツアーをした私たちに、ガイドさんが教えてくれた。ハワイ島はその美しい景観を守るために看板類は規制され、そればかりか良好な観測環境を守るため照明はすべて空から届くことの無い波長のオレンジ色で統一されている。

 

 

 

 

その頃にはかつて実家の庭先にあり青々としていた田畑は姿を消し、砕石で締め固められた上には車両が置かれていた。

駐車場とかそういった類のものではなく、近所の修理工場の道を挟んで、部品とり用なのか何なのか、修理を待つわけでもない古い、走らない車がただただ置かれているだけの場所。

 
毎日歩いて通った通学路は、目の前に古タイヤが積まれた交差点になった。かつて眺めたバイパス沿いのパチンコ店は廃業し、廃墟となった。その錆びついたネオンは消えているが、すぐ横にはさらに大きなパチンコ店ができ、けばけばしい色の看板と幟で人を集めている。

田園の中に切妻屋根が三角形の家としてぽつんと存在していた風景は、そういう場所の中に埋もれてしまった。

 

 

両親がツアーガイドに住んでいる街のことを聞かれていた。僕は言えなかった。

僕は生まれ故郷には東洋一のパラボナアンテナがあり、星の街を標榜しているんだと。その環境を守り次世代に残すために、どんな努力をしているかと。

蛍を見なくなってから、もう何年たっただろうか。

 
・・・
 

結婚前、当時社宅のあった代官山と恵比寿のあたりには感じのいいお店が多く、休日にプール帰りテラス席でビールを飲んだり、まれに平日早く帰ってくることができれば友人と食事を楽しむ時間が幸せだった。

結婚することになり、景色だけで東京タワー目の前にあった古い小さなマンションの最上階を借り、ダイニングは北欧で作られた木製の折りたたみ可能なテーブルを揃た。
ちょっと気分転換にテラスで食事をしたり、花火大会の日には屋上にセットしたりした。

子供が生まれてからは仕事の関係もあり、タワーマンションに引っ越しした。
ちいさなベランダに無理やりテープルを出して食事をしたら、ビル風がすごくて大変なことになったけれど、隅田川テラスを散歩したり、お弁当を作ってピクニックしたり。

毎週金曜は早く帰り、気の利いたカフェが近くにあってテラス席で食事ができた。
 

ライフスタイルの変化に合わせ平均2年に一度引っ越しをし、自分が暮らす場所の雰囲気と景色には気を使ってきたつもりだったけれど、出張や旅行の都度、海外の街なみに感じる美しさに、どこが違うのだろうといつも思っていた。

建築物でいえば日本は美しいものが沢山あるけれど、例えば素晴らしい家を紹介する雑誌を見ていても電柱、電線が邪魔していたり標識や看板が主張していたり、近所の家と全く雰囲気が違ったり、いわゆる美しい街並みというのとは何かが違う。

 

 

この時から、自分が将来建てるであろう家の、その場所を、具体的なイメージを持って探し始めた。

例えば民地を挟まず南側に大きな公園が有る敷地はどうだろうか。リビングからの景色に余計なものが映り込むことはない。春が訪れ桜の花が満開になる頃には素晴らしい眺めになるだろう。

しかし生活するとなれば家の外に出て、帰ってくる。いくら家の窓からの眺めが変わらなくても、家の周囲に醜い看板をたてられたり、遊技場を作られたりしない保証はない。

また高台、川沿いなど景観の良い場所に限って崖崩れ、洪水などのリスクがあるハザードマップの範囲内だったりする。

 


 

いっそのこと、周囲に何もない土地を買ってはどうだろうか。人里離れていて坪単価が安ければ山一つ買うことだってできる。

でもお気に入りの店に子供と手をつなぎ歩いてランチを食べに行ったり、夜ふらっとバーに行ってそこで合う友人たちと話をしたり、そんな生活が長かった僕にはもうわかっていた。

僕は気の合う人と話したり、関わり合うのが好きで、周りに誰も住んでいない、気の利いた飲食店が近くに無いような場所には住めない。