軽井沢町の、どの地域に暮らすか

さて、軽井沢町の中でどこに住もうか。

 

週末お店でご飯を食べたあと、周辺を散歩したり、ホテルに泊まって在住気分を味わいながらエリアの絞込を始めた。

 

軽井沢は広い

軽井沢町は、実は広い街。軽井沢町には「軽井沢」「中軽井沢」「信濃追分」と駅が3つある。

軽井沢駅周辺(旧軽井沢、新軽井沢)には由緒正しく美しい別荘地が存在する。

ただ、どこでも峠の近くはそうなのだが、湿気が多め。(それが美しい苔をつくっているのだが)
またアウトレットがあるエリア周辺は、GW、夏季休暇期間は渋滞がひどいイメージがある。

 

定住にはどうだろうか。昔から地元の定住者が多いのは中軽井沢である。スーパーツルヤや銀行、役場、病院などの機能も集中しており生活しやすいと聞く。ただしやはり夏季の渋滞は避けることができない。

 

渋滞が比較的少なく、天候にも恵まれているのは軽井沢町の西側、佐久に隣接する信濃追分周辺。
佐久地方は晴天率の高さで知られており、積雪、湿気も多くなく気候が安定していて住みやすい。*1

定住を考えても御代田や佐久方面のスーパーに出やすいし、土地の価格もまだ割安である。

 

御影用水との出会い

ある日のこと、家族で軽井沢で朝食が一番美味しい店と言われる、追分の「キャボットコーヴ」に行った。
その時は店の外に待っている人が見えたので、お店に寄らずに、ほかのお店に行こうかと近くを回り道したところ、そこに流れる御影用水の風景に目を奪われた。

9月末の御影用水

 

正式名称「千ヶ滝湯川用水温水路」、千ヶ滝から小諸市まで流れる御影用水延長約21kmの中で、水温を上げ収穫量を増やす目的から、この場所で幅を広くしている。

最近ではこの1km程度続く温水路が「御影用水」と呼ばれており、ふるさと信州風景100選に、軽井沢町で唯一選ばれている

幅広な水辺の両脇に木々が紅葉しはじめ、別荘が点在している。
別荘と水辺の間には遊歩道が緩衝地帯となっており、ペットを連れた親子やカップルが散歩をして休日を過ごしていた。

ずば抜けてきれいな浅間山が見えるとか、名勝とかではないけれど、僕たちの心を強く惹くものがあった。
初めてなのに、なんだか懐かしさと安心感を覚える不思議な景色。

 

ここに住みたい。Uターンして1ヶ月程度だったけれど、早くもエリアが決まった。

*1 追分の魅力について語りたいことは、すでに全て#軽井沢から通勤するIT系会社員のブログに書いてあったのでご参照ください。

軽井沢との出会い(再発見)

醜い景観を感じる眼

17歳まで佐久で生まれ育った僕は、当然軽井沢が避暑地であることは知っていた。

ただ、そのころは夏休みに国道18号がとてつもなく渋滞するから近づかないとか、ふらっと入るとコーヒーで1杯1000円とる店があるとか、高校の同級生が住む軽井沢の家は洗濯物が湿気が多くて全然乾かないらしいといった程度の認識だった。

18年後Uターンで佐久に戻り、週末に家族で出かけるようになってから、別荘地に美しい町並みが存在することに気がついた。
なぜ昔は気が付かなかったものに気がつくようになったのか。

実家を出て19歳のときに、遅めデビューで海外に行き、その後幾度となく旅行、出張で美しい街並みに触れたからなのかもしれない。

 

ニューカレドニア(ヌメア)

 

むかし瀬戸正人先生に写真を教わっていた頃、よく言われたのは「いい写真を見て、これはいい写真だとわかるには、写真を見る目を育てる必要がある」ということだった。

先生の言葉を借りれば、人間の感性は訓練する必要がある、洋服などは毎日考えるけど、普段考えないものは意識しないとセンスが育たないのだと言っていた。

美しくないものを見慣れてしまって気が付かなかったけれど、街並みにも同じことが言えるのではないか。

 

規制の厳しい軽井沢町

軽井沢の別荘地に美しさを感じてから、なぜ実家周辺とは地理的に近くにありながら、そのような違いが出るのかを調べてみた。

軽井沢は昔から美しさを大切にしており、看板は景観条例で高さ、大きさ、色が規制されている。

リンク先の通り、郊外のロードサイドによくある奇抜なものは出せない。別荘地によくある案内板だって、

別荘を所有されている皆さんや、町に住んでいる皆さんが自分の家を他の人に案内するために設置する看板は、「幅が12cm、上の辺が45cm、下の辺が50cmの矢じるし形の板」へ「焦げ茶色の地に白文字」で書いたものを使ってください。
なお、この規定に沿った案内板を町環境課の窓口で配布していますので、ご自身でお名前などを書き入れてご利用ください。

自然と統一感が生まれるわけではなく、やるべきことをやっているのだ。

 

建物についていえば、別荘地は条例で1区画300坪以下に分筆はできない。道路後退5m、隣地後退3mと定められている。

軒を最低50cm出した建物で、屋根勾配や外壁の色も規制の対象となる。

個人的にはもっと厳しくてもいいと思うけれど、こうして日本にしては厳しいレベルの規制がされているので、美しい街並みが保たれていることがわかった。

 

軽井沢に住む

今はそうでもない*1 けれど、そのうち街並みが土地の価値を左右するようになるだろう。

統一感のない街並みをつくる建物群や廃屋、せっかくの浅間山がある景観に飛び込んでくる、けばけばしい看板類にうんざりしていた僕は、軽井沢町に住むことに決めた。

*1 2016年末頃の軽井沢町追分の坪単価は、佐久市内の主な宅地の半額以下だった。

 

↑その後土地探し中に「ニッポン景観論」を読んだら、感じていたこと、言いたいことが全て書かれていて驚きました。
土地探し前に一度読まれることをおすすめします。

土地探し前夜 生まれ育った場所に感じ考えたこと

僕の育った実家は、庭先には田んぼが広がり、少し歩けば道路わきには蛍の住む川が流れていた。

幼いころの僕は、田園風景に囲まれた中を、春にはあぜ道でヨモギを摘み、家でそれを祖母と母が草餅にする。
秋には金色に穂を垂れた稲にいるイナゴを捕まえては、それを祖母と母が佃煮にする。

今思えば穏やかで心地よい田舎の幼少期であった。

 


水田 © 菊池市 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

 

世の中がバブル景気を謳歌していた小学校高学年のころ、実家周辺に新しい国道が開通し、その両側にはチェーン店が立ち並び始めた。

全国均一な郊外の風景、強烈に覚えているのはパチンコ店の看板である。それは極めて大光量で、その方角の夜空の色をこれまでの青黒い色から赤紫に変えていた。

 

僕の出身地 - 佐久市と合併する前の臼田町 は宇宙観測施設を有し、「星の街うすだ」を標榜していた。

バブル期の田舎町の例に漏れず、各所に謎の造形をしたモニュメントを設置したり、「星のふるさと」なんて歌を作ったりにお金を使っていたけど、いちばん大切な星の見える環境を守るためには、何をしていただろうか。

 

 

20数年後、実家を離れ東京で暮らしていた時のこと。ハワイ島に当時勤めていた会社の保養所があり、両親と妻、子供を連れ6人で旅をした。

空いっぱいに広がる星を見にマウナ・ケアへツアーをした私たちに、ガイドさんが教えてくれた。ハワイ島はその美しい景観を守るために看板類は規制され、そればかりか良好な観測環境を守るため照明はすべて空から届くことの無い波長のオレンジ色で統一されている。

 

 

 

 

その頃にはかつて実家の庭先にあり青々としていた田畑は姿を消し、砕石で締め固められた上には車両が置かれていた。

駐車場とかそういった類のものではなく、近所の修理工場の道を挟んで、部品とり用なのか何なのか、修理を待つわけでもない古い、走らない車がただただ置かれているだけの場所。

 

毎日歩いて通った通学路は、目の前に古タイヤが積まれた交差点になった。かつて眺めたバイパス沿いのパチンコ店は廃業し、廃墟となった。その錆びついたネオンは消えているが、すぐ横にはさらに大きなパチンコ店ができ、けばけばしい色の看板と幟で人を集めている。

田園の中に切妻屋根が三角形の家としてぽつんと存在していた風景は、そういう場所の中に埋もれてしまった。

 

 

両親がツアーガイドに住んでいる街のことを聞かれていた。僕は言えなかった。

僕は生まれ故郷には東洋一のパラボナアンテナがあり、星の街を標榜しているんだと。その環境を守り次世代に残すために、どんな努力をしているかと。

蛍を見なくなってから、もう何年たっただろうか。

 

・・・

 

結婚前、当時社宅のあった代官山と恵比寿のあたりには感じのいいお店が多く、休日にプール帰りテラス席でビールを飲んだり、まれに平日早く帰ってくることができれば友人と食事を楽しむ時間が幸せだった。

結婚することになり、景色だけで東京タワー目の前にあった古い小さなマンションの最上階を借り、ダイニングは北欧で作られた木製の折りたたみ可能なテーブルを揃た。
ちょっと気分転換にテラスで食事をしたり、花火大会の日には屋上にセットしたりした。

子供が生まれてからは仕事の関係もあり、タワーマンションに引っ越しした。
ちいさなベランダに無理やりテープルを出して食事をしたら、ビル風がすごくて大変なことになったけれど、隅田川テラスを散歩したり、お弁当を作ってピクニックしたり。

毎週金曜は早く帰り、気の利いたカフェが近くにあってテラス席で食事ができた。

 

ライフスタイルの変化に合わせ平均2年に一度引っ越しをし、自分が暮らす場所の雰囲気と景色には気を使ってきたつもりだったけれど、出張や旅行の都度、海外の街なみに感じる美しさに、どこが違うのだろうといつも思っていた。

建築物でいえば日本は美しいものが沢山あるけれど、例えば素晴らしい家を紹介する雑誌を見ていても電柱、電線が邪魔していたり標識や看板が主張していたり、近所の家と全く雰囲気が違ったり、いわゆる美しい街並みというのとは何かが違う。

 

 

この時から、自分が将来建てるであろう家の、その場所を、具体的なイメージを持って探し始めた。

例えば民地を挟まず南側に大きな公園が有る敷地はどうだろうか。リビングからの景色に余計なものが映り込むことはない。春が訪れ桜の花が満開になる頃には素晴らしい眺めになるだろう。

しかし生活するとなれば家の外に出て、帰ってくる。いくら家の窓からの眺めが変わらなくても、家の周囲に醜い看板をたてられたり、遊技場を作られたりしない保証はない。

また高台、川沿いなど景観の良い場所に限って崖崩れ、洪水などのリスクがあるハザードマップの範囲内だったりする。

 

 

いっそのこと、周囲に何もない土地を買ってはどうだろうか。人里離れていて坪単価が安ければ山一つ買うことだってできる。

でもお気に入りの店に子供と手をつなぎ歩いてランチを食べに行ったり、夜ふらっとバーに行ってそこで合う友人たちと話をしたり、そんな生活が長かった僕にはもうわかっていた。

僕は気の合う人と話したり、関わり合うのが好きで、周りに誰も住んでいない、気の利いた飲食店が近くに無いような場所には住めない。